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T-TIME-企画展アーカイブ:トヨタ博物館「裏」展(No.93 Autumn 2014)より
現代の名工によって、蘇る〈フランクリン〉
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1918年の〈フランクリン〉が、新しい木製のフレームを手に入れて、生まれ変わった。 エンジンの“初爆”は、走行公開のわずか1週間前。だが、博物館の車は、走ることに意味がある。過去の車にはすべて背景があり、その背景を伝えることが、新たな視線を生み出すことになる。いや、“車”ではない。エンジンやフレームを形作る、ひとつひとつのパーツが語りかけてくる。 「裏」には、常に情熱がある。その情熱の総体としての車。
アメリカで生まれた〈フランクリン〉という車の特徴は、先進的な技術を細部に至るまで導入していることだった。20世紀初頭、当時アメリカはおよそ130もの自動車会社がひしめく、群雄割拠の時代。〈フランクリン〉は他社との差別化のために、独創的とも言える軽量化を進めていく。6気筒の空冷エンジン、木製フレーム、アルミ材を多用したボディ。しかし、技術を極める一方で、消費者の支持を得られずに〈フランクリン〉は倒産してしまう。わずか30年ほどの短い期間だったが、彼らの情熱は、その瀟洒な車体に詰まっていた。
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96年前のオリジナルの木製フレーム。時代の経過を感じさせるその佇まいに宿る、名車の面影。かつて車のシャシーが木で作られていたこと自体に驚く。
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ネジひとつに至るまで、すべて再現をすることが求められる。オリジナルを使うことのできない場合には、新たにパーツも作る必要がある。
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作業名:【フランクリン修復】。責任の重さを感じる。
およそ7年前、早稲田大学よりトヨタ博物館へと寄贈された1918年生まれの〈フランクリン〉は、大規模なレストアを施されることになった。博物館ではおよそ10年ぶりとなる、これほどの大きなプロジェクトに〈フランクリン〉が選ばれたのは、技術への挑戦が見られるからだ。再現するためには、同様の情熱を持ってあたらなければならない。
もっとも分かりやすいのは、96年ぶりに新たに作られることになった木製のフレームだろうか。当時の製法では、オイルへ浸ける2ヶ月間を含めると18ヶ月もの歳月をかけて作られているという。オリジナルで使われていたホワイトアッシュは、現在の日本では手に入らない。できるだけ似た材料を探して、タモ材が選ばれた。もっとも難しいのは、どれくらい余白を作るのかという計算。エンジンとボディをあわせると300kgもの重量を支えると、なんと8cm近く木材がたわむのだという。その“たわみ”を計算して、木材を設定しなければならない。まるで宮大工のような、繊細な手さばきが必要となる。
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フレーム制作時には、当然ながら車輪も外され、もはや車のレストアとは思えないほどシンプルな姿になっていた。車は元来、シンプルな機械なのだ。
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フレームの結合部分など、ディテールを見るほどに、精巧さが伝わる。新しい駆体にも、モノとして訴えかける強さがある。
レストア途中の状態で、車が人の目に触れることは通常はあり得ない。分解された部品の数々を目にすることができ、さらには実際にレストア作業を行っている工場の部品棚をそのまま見せるという展示スタイルをとっている今回の「裏」展の意義は、レストア作業の「裏」までも覘くことができる点にある。では、レストアはいかにして始まるのかと言えば、21世紀の最先端技術を使って行われる。展示されたシートの再現には、非接触のデジタル3Dスキャンが用いられているという。劣化の激しい本革の表皮以外はオリジナル部材を再利用している。ハイテクによって解析され、職人の手によって再現する。昔の技術は、既に失われているモノも多いが、その失われた部分をいかにハイテクでカバーをしていくのか。そのせめぎ合いも、垣間見える。また、レストアの技術を持った職人の高齢化は、現代が抱える問題のひとつでもある。「裏」展は、過去の物語を伝えるための展示であると同時に、新しい問題提起を行っていくための展示でもある。
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細部までこだわりすぎた<フランクリン>の情熱が、未来を創る。
トヨタ博物館のレストアは、単に走れば良いというものではない。あるいは外観がキレイに再現されていればいいというものでもない。当時の技術、製法、材質にできるだけ忠実に、発売当時の状態に復元すること。トヨタ博物館がレストアを手がける意義は、その復元に集約される。「過去の情熱を知ることで、将来への指針を示すことができるのではないか」と担当の学芸スタッフ、杉浦孝彦は言う。成功した事例だけでなく、情熱を傾け過ぎて倒産してしまった〈フランクリン〉のような事例を展示することも、あるいは世の中にとって役に立つかもしれないと。トヨタ博物館に展示された大いなる遺産は、100年前に生きた人々の情熱と現代の職人たちが融合し、未来を紡いでいくためのものとなった。
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トヨタ博物館「裏」展 2014年4月19日〜7月6日
文:村岡俊也 写真:田村孝介(※以外)