トヨタ博物館 年報2025
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8トヨタ博物館富士モータースポーツミュージアム<成熟期>• 3代目(1967年~) 「白いクラウン」 各地で高速道路が整備される中、ゆとりある高速長距離セダンを目指し、米国の自動車安全基準も採り入れ、室内寸法確保に有利なペリメーターフレームを採用した。このフレーム構造はその後20年以上使われた。主査の内山田亀男は白いボディカラーを設定し「白いクラウン」でイメージを一新、クラス初の2ドアハードトップも設けオーナーカー志向を強めた。• 4代目(1971年~) 「エレガンツ・クラウン」 破竹の経済成長と輸入車との競争の中、クラウンはグローバルなデザインを目指し、「スピンドルシェイプ(紡錘型)」やカラードバンパーでイメージ刷新を図ったが、クジラクラウンと呼ばれたデザインは売れ行きが伸び悩んだ。4代目クラウンは「お客様の期待」と「革新への挑戦」の両立の難しさが現れたモデルであった。• 5代目(1974年~) 「美しい日本のクラウン」 4代目の苦戦を受け発売予定を早め開発。先代の反省から落ち着きあるデザインへ転換し、「美しい日本のクラウン」のキャッチフレーズのもと日本の高級車らしさを現す一方、エンジンの電子制御や排出ガスの浄化技術など革新技術を積極導入したことで、お客様の期待に応える「クラウンらしさ」が確立された。• 6代目(1979年~) 「日本の薫り」 先代の「クラウンらしさ」を継承し、5ナンバー枠で大きく見せる直線基調とセンターピラーが隠れるハードトップを取り入れたクリーンなデザインで年間12万台超のヒットとなった。1970年代のオイルショックや排ガス規制を克服し、クルーズコンピューターやエレクトロニックディスプレイメーター、新世代のエンジンなどエレクトロニクス技術と新技術を採用し、トヨタの技術力への評価を高めた。• 7代目(1983年~) 「いつかはクラウン」 バブル前夜、大きなヘッドランプやクリスタルピラーで豪華に演出し「ハイソサエティ オーナーカー」をテーマに高級感を追求。世界トップレベルの静粛性、多重アジャストのシート/ステアリング、豊富な車種体系と11種類のエンジンを揃え、「いつかはクラウン」に相応しい期待に応える車となった。写真17 3代目クラウン写真18 4代目クラウン写真19 5代目クラウン写真20 6代目クラウン写真21  7代目クラウン

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