7トヨタ博物館富士モータースポーツミュージアム<プロローグ><創業期> レストランのランチョンマットは、それまで企画展のキービジュアルを使ったデザインのものを提供していたが、利用者が持ち帰りたくなる特別感のあるものにするために、クラウンの系譜図をデザインして特別に作成した。また喫煙者が多かった時代、クラウンの成約時の特典としてクラウンの形のシガレットケースを提供していた時代があり、クルマを取り巻く文化の一つとして収蔵していたシガレットケースをレストラン内に展示した。 クラウンは現在販売中のクルマであることもあり、トヨタの販売店の方にも当企画展に興味を持っていただくことができ、愛知トヨタ様とのコラボイベントを行うことができた。愛知トヨタ様が初主催する16代目クラウンのオーナーズミーティングへのP2駐車場の提供や16代目クラウン開発陣のトークショーへのホールの提供のほか、当館収蔵の初代クラウンとの記念撮影や当館スタッフによる企画展ガイドツアー、THE CROWN 愛知高辻と当館の相互告知など、歴史とお客様の関係が続いているクルマならではのイベントを行うことができ、その後も継続してイベントを実施している。 クラウンの起源はトヨタ創業に遡る。今から90年前、豊田喜一郎は「大衆乗用車をつくり、日本の暮らしを豊かにしたい」と挑戦。創業から15年後の1952年1月に大衆乗用車づくりが始まり、喜一郎が命名した「クラウン」は国産乗用車として最長寿で16代、70年間続く。時代ごとの日本の暮らしに合わせ「クラウンらしさ」を継承し、「革新と挑戦」のDNAで開発されてきた。• 初代(1955年~) 「量産車の始まり」 日本の暮らしに合う車づくりには設計から製造・販売まで統括する主査が必要で、豊田喜一郎の理念に共感して入社した中村健也が主査として責務を担った。当時の日本の交通事情に合わせて観音開きドアや滑らかな乗り心地のサスペンションを採用した。中村の進め方が主査制度の骨格となった他、年間6万台規模の量産を見据えて乗用車専用の元町工場を立ち上げ、現在のトヨタの基礎が作られた。• 2代目(1962年~) 「国産高級車を目指して」 池田内閣の所得倍増政策や東京五輪を背景にマイカー時代到来。初代の静粛性や乗り心地を継承しつつ初代の課題だった高速安定性を高めるためフレーム構造を変更、デザインをワイド&ロー化して高級車の地位を確立。2代目の主査も中村健也で、2代目の開発を通して育成された内山田亀男が3代目クラウンの主査となる。(4) レストラン「AVIEW」(5) 販売店とのコラボイベント写真12 シガレットケース展示写真13 イベントの様子写真14 プロローグ写真15 初代クラウン写真16 2代目クラウン4展示内容
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